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私が男だったら絶対やりたかった日本の伝統と技術を守る憧れの仕事

2017年06月01日 [ 仕事 伝統 守る 日本 ]

もしも私が男だったら・・・とか、

もしも僕が女だったら・・・とか、

仕事を選ぶ時に考えたことは

ありませんか?

 

もし私が男だったら・・・とか書いたら

今の時代差別とか言われちゃうのかな?

でもね、やっぱり男女で役割っていうか

向き不向きはあると思うんですよね。

 

あくまでも私の一個人の考え方ですが・・・

ちょうど男女雇用機会均等法が

1986年に施行されたので

男女平等は表面的には始まりました。

 

実際は明らかな募集のミスマッチや

配置換え等で退職に追い込まれたりしました。

いつも弱い立場が被害者になりやすいです。

現場しかわらないことですが。



私が男だったら絶対やりたかった日本の伝統と技術を守る憧れの仕事

*宮大工と聖徳太子*

 

日本の伝統を守る仕事に宮大工という

日本の神社仏閣からお神輿お城まで

造ってきた素晴らしい仕事があります。

凄い知恵と技の宝庫です!!

 

宮大工は男の仕事!

それが当たり前の世界でした。

でも最近は女性も何名か活躍されていると

聞きます。

 

宮大工という仕事が始まったのは飛鳥時代で

朝鮮から来た僧侶によって建てられた

「飛鳥寺」が最初だと言われています。

 

また、同時期に聖徳太子も教えを受けて

法隆寺など歴史的建造物を建立したと言われ

大工の大切な道具「曲尺(かねじゃく)」を

発明したことで神様と拝まれています。

 

聖徳太子が建立したと言われる

大阪の四天王寺には

「曲尺太子」と言って曲尺を持った

聖徳太子の像があります。

 

なんと!!そこでは

毎年11月22日に宮大工が集まって

法要するのだそうですよ!!

 

大阪に住んでいた頃に韓国の古典音楽に

興味がありました。丁度そんな頃にご縁があり、

四天王寺で演奏されると聞いて行きました。

随分経ちますが今でも記憶に残っています。

 

聖徳太子と言えば知る人ぞ知る

京都の祇園祭に繋がります。

山鉾の真木は通常松なんだけど

太子山だけ杉なんですよね。

 

宵山には聖徳太子にちなんで

「杉守り」「知恵のお守り」が授与される。

何かご縁を感じたので今年は久しぶりに

実際に京都まで行ってこようと思います。



私が男だったら絶対やりたかった日本の伝統と技術を守る憧れの仕事

*奈良と宮大工*

 

私も何年か前に奈良県の明日香村を

レンタル自転車で1日中走り回ってる時に

偶然「飛鳥寺」に行き着き「飛鳥大仏」の前で

住職さんから歴史話を聞く機会がありました。

 

何故か奈良に行くなら法隆寺に行きたくて~

行きたくて~行きたくて~ワクワクしてました。

今思えば、これは私のご先祖様との

ご縁で呼ばれたんだとわかりました。

 

それは・・・

 

奈良県斑鳩(いかるが)は、法隆寺の西側に

西里という宮大工の町として栄えていたのです。

ナント!そこは近畿の大工で有名だった

中井大和守正清の出身地なんです!

 

正清の父、孫太夫正吉は法隆寺大工の

棟梁の筆頭格でした。

正清は江戸幕府の初代京都大工頭で

徳川家康に仕えた江戸時代初期の大工。

 

畿内、近江、の6カ国の大工を統括した

中井家の初代です。有名なものを挙げたら

きりがないくらいありますが、京都の二条城

静岡の駿府城、東京の江戸城、

 

栃木の日光東照宮、京都の知恩院、

京都の三十三間堂、奈良の東大寺大仏殿等

正清の息子たちも引継ぎ、大阪城や名古屋城

清水寺、下鴨神社、上賀茂神社、東寺五重塔等

 

大修理等を代々手がけていくことに

なったのです。

ホントに日本一の大工集団だったのですね。

どこも私の大好きな場所です。

 

私が男だったら絶対やりたかった日本の伝統と技術を守る憧れの仕事

*ある神社の宮司との出会い*

 

これは必要な時に出会うべくして出会う

というべき神社と宮司さんでした。

私が始めて自分のご先祖様とルーツを

紐解く始まりでした。

 

その神社に行くときは最初から

用意されていたように

不思議な出会いや出来事に遭遇しました。

でもそれが当たり前だそうです。

 

そんな神社で自分のルーツや

ゆかりの神社や場所を知ると、

不思議と呼ばれて行っているものです。

深く知ると驚きの連続です。

 

子供の頃に好きだったこと覚えてますか?

私は絵を描いたりするのが大好きでした。

それに彫刻等が大好きだったし

版画も大好きでした。

 

とても不思議だったんですよ。

父が日曜大工の趣味で何でも器用に

作ってしまったり、工具などの道具が

大好きだったこと。

 

でも、今思えば、血なんですよね。

もっと若い頃にハッキリ自覚していたら

仕事や生き方も変わっていたかも

しれません。

 

面白いもので父とは離れて暮らしていますが

お互い神社仏閣が好きなこと

それも建造物に興味があることが同じだったり

同じ時期にニアミスで行っていたり(笑)

 

最近わかったのが、マヤ暦でみると

私と父は裏表だそうでとても関係性が

深いのだそうです。

やっぱりご縁があってこの世で出会った。



まとめ

伊勢神宮が20年毎に式年遷宮で新しく本殿を

造りかえる時、出雲大社が60年ぶりの大遷宮など

新たに昔の宮大工の技術が凄いということが

わかったりすることもある。

 

名古屋城の復元工事も行われていますが

技術の継承はどんどんして欲しいものです。

 

日本には本当に素晴らしい物づくりの技術が

ありますが、継承者が居なくて消えていく

技術が沢山あるのでとても悲しいです。

 

かえって日本大好きの外国の方々のほうが

日本の素晴らしい技術をわかっていて

勉強して引き継いだりもされています。

 

身近にあるものほど気づかないことが

本当に多いんですよね。

若いうちに外国へ出てみて、

一度外側から日本を見てほしい。

 

日本はもぉダメだとか言ってる人いるけど

みんな気づいてないだけ!

私は日本の良さをもっと伝えて行きたい!

そんなことを日々思っています。